予の後《しりえ》にあって※[#「てへん+黨」、第3水準1−85−7]網《たま》を何時《いつ》か手にしていた少年は機敏に突《つ》とその魚を撈《すく》った。
 魚は言うほどもないフクコであったが、秋下《あきくだ》りのことであるし、育ちの好いのであったから、二人の膳に上《のぼ》すに十分足りるものであった。少年は今はもう羨《うらや》みの色よりも、ただ少年らしい無邪気の喜色に溢《あふ》れて、頬を染め目を輝かして、如何にも男の児らしい美しさを現わしていた。
 それから続いて自分は二|尾《ひき》のセイゴを得たが、少年は遂に何をも得なかった。
 時は経《た》った。日は堤の陰に落ちた。自分は帰り支度にかかって、シカケを収め、竿を収めはじめた。
 少年はそれを見ると、
 小父《おじ》さんもう帰るの?
と予に力ない声を掛けたが、その顔は暗かった。
 アア、もう帰るよ。まだ釣れるかも知れないが、そんなに慾張っても仕方はないし、潮も好いところを過ぎたからネ。
と自分は答えたが、まだ余っている餌を、いつもなら土に和《あ》えて投げ込むのだけれど、今日はこの児に遺《のこ》そうかと思って、
 餌が余っているが、あげよう
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