ら予の方を見て、
小父《おじ》さん、また餌をくれる?
と如何にも欲しそうに言った。
アア、あげる。
少年は竿を手にして予の傍《かたえ》へ来た。
好《い》い鮒だったネ。
よくっても鮒だから。せっかく此処《ここ》へ来たんだけれどもネエ。
と失望した口ぶりには、よくよく鮒を得たくない意《こころ》で胸が一《いっ》パイになっているのを現わしていた。
どうもお前の竿では、わんどの内側しか釣れないのだから。
と慰めてやった。わんどとは水の彎曲した半円形をいうのだ。が、かえってそれは少年に慰めにはならずに決定的に失望を与えたことになったのを気づいた途端に、予の竿先は強く動いた。自分はもう少年には構っていられなくなった。竿を手にして、一心に魚のシメ込《こみ》を候《うかが》った。魚は式《かた》の如くにやがて喰総《くいし》めた。こっちは合せた。むこうは抵抗した。竿は月の如くになった。綸《いと》は鉄線《はりがね》の如くになった。水面に小波《さざなみ》は立った。次いでまた水の綾《あや》が乱れた。しかし終《つい》に魚は狂い疲れた。その白い平《ひら》を見せる段になってとうとうこっちへ引寄せられた。その時
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