言葉は何も出さなかったが、眼の中《うち》には威《い》をあらわした。言葉が発されたなら明らかにそれは拒絶の言葉でなくて、何の言葉がその眼の中の或物に伴なおうやと感じられた。仕方がないから自分は自分の意を徹しようとするために再び言葉を費さざるを得なかった。
 兄さん、失敬なことを言う勝手な奴だと怒ってくれないでおくれ。お前の竿の先の見当の真直《まっすぐ》のところを御覧。そら彼処《あすこ》に古い「出し杭《ぐい》」が列《なら》んで、乱杭《らんぐい》になっているだろう。その中の一本の杭の横に大きな南京釘《ナンキンくぎ》が打ってあるのが見えるだろう。あの釘はわたしが打ったのだよ。あすこへ釘を打って、それへ竿をもたせると宜いと考えたので、わたしが家《うち》から釘とげんのうとを持って来て、わざわざ舟を借りて彼処《あすこ》へ行って、そして考え定めたところへあの釘を打ったのだよ。それから此処《ここ》へ来る度《たび》にわたしはあの釘へわたしの竿を掛けてあの乱杭の外へ鉤を出して釣るのだよ。で、また私は釣れた日でも釣れない日でも、帰る時にはきっと何時《いつ》でも持って来た餌《えさ》を土と一つに捏《こ》ね丸めて炭
前へ 次へ
全27ページ中11ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
幸田 露伴 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング