ころである、ということであった。
自分が魚餌《えさ》を鉤《はり》に装《よそお》いつけた時であった。偶然に少年は自分の方に面《おもて》を向けた。そして紅桃色《こうとうしょく》をしたイトメという虫を五匹や六匹ではなく沢山に鉤に装うところを看詰《みつ》めていた。その顔はただ注意したというほかに何の表情があるのではなかった。しかし思いのほかに目鼻立《めはなだち》の整った、そして怜悧《りこう》だか気象が好いか何かは分らないが、ただ阿呆《あほ》げてはいない、狡《こす》いか善良かどうかは分らないが、ただ無茶ではない、ということだけは読取《よみと》れた。
少し気の毒なような感じがせぬではなかったが、これが少年でなくて大人であったなら疾《とっ》くに自分は言出すはずのことだったから、仕方がないと自分に決めて、
兄さん、済まないけれどもネ、お前の坐っているところを、右へでも左へでも宜いから、一間半か二間ばかり退《ど》いておくれでないか。そこは私が坐るつもりにしてあるところだから。
と、自分では出来るだけ言葉を柔《やさ》しくして言ったのであった。
すると少年の面上には明らかに反抗の色が上《あが》った。
前へ
次へ
全27ページ中10ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
幸田 露伴 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング