しとて持参り深々と頼み入りましてのことに、強《きつ》くは拒《こば》み兼ねて、要無きこととは存じましたれど、御眼の前にもてまゐりたり」という。鏡が今の定基に何のかかわりがあろう。然し定基は何彼《なにか》と尋ねると、いずれ五位六位ほどの妻であろうか、夫の長い病《わずらい》の末か、或は何様いうかの事情の果にいたく窮乏して、如何ともし難くなって、吾《わ》が随一の宝の鏡を犠牲にして売って急を凌《しの》ごうということらしい。鏡は当時|猶《なお》なかなかに貴いものであったのである。定基は其筺を開いて鏡を見ようとすると、其包み紙の萎《な》えたるに筆のあとも薄く、「今日《けふ》のみと見るになみだのます鏡なれにし影を人にかたるな」と書いてあった。事情が何も分った訳ではないが、女の魂魄《たましい》とする鏡を売ろうとするに臨みての女の心や其事情がまざまざと※[#「匈/月」、944−下−25]《むね》に浮んで来て、定基は闇然として眼を瞑《つむ》って打仰いで、堪えがたい哀れを催した。そこで、鏡は吾《われ》に要なければ返し取らせよ、定めて何彼と物の用あろうほどに、我がものは何なりと惜みなく其人に取らせよ、よくよくあ
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