威であり、高徳であり、一切を光被する最善最恵の神の自然の方則であり、或る場合には自ら進んで神の犠牲となり、自己の血肉肝脳を神に献げるのを最高最大最美最壮烈の雄偉な精神の発露として甘んずるのを純粋な道徳であるとする、従って然様《そう》して神に一致するを得るに至るを得《う》、ということで社会は勇健に成立っているのである。如何にもそれで無くては堅固な社会は成立たぬであろう。犠牲の累積と連続とで社会というものは成立っているのである。犠牲の否認というが如きは最卑最小最劣の精神である、犠牲の強要強求|乃至《ないし》巧要巧求をするのは、豪傑乃至智者なのである。犠牲を甘受しなければ鮒|一尾《いっぴき》、卵一箇も摂《と》れぬのである。旨《うま》く味わうが為に雉子《きじ》の一羽や二羽の生《いけ》づくりが何であろう。風の神にささげる野猪《いのしし》の一匹や二匹の生贄《いけにえ》が何であろう。易牙《えきが》は吾《わ》が子を炙《あぶ》り物にして君にささげたという。あの中間の犠牲取扱者は一体|何様《どう》いうものであるか、卑怯者《ひきょうもの》なのか豪傑なのか。既に犠牲の累積と連続とで社会が成立っている以上は、夥
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