とき》の念が今少し寡《すくな》かったら如何に定基が力寿に迷溺《めいでき》したにせよ、強いて之を去るまでには至らなかったろうと想われる。然し何が何様あろうとも、一生の苦楽を他人に頼る女のことであるから、善かれ悪かれ取宛てた籤《くじ》の男に別れては堪《たま》るものではない。そこへ行くと男の方は五割も十割も割がよい。甚だしいのになると、雨晴れて簑《みの》を脱ぎ、水尽きて舟を棄つるような気分で女に別れて、ああせいせいしたなどと洒落《しゃれ》れているのである。それでいて其男が甚《ひど》い悪人でも無いというのが有るのだから、一体愛情というものの上には道徳が存するものか何様かと疑われるほどで、何にしても女は不利な地に立っている。定基は勿論悪人というのではないが、つまりは馬で言えば癇強《かんづよ》な馬で、人としては生一本《きいっぽん》の人であったろう。で、女房を逐出《おいだ》し得てからは、それこそせいせいした心持になって、渾身《こんしん》の情を傾けて力寿を愛していたことであろう。任地の三河にあっては第一の地位の三河守であり、自分のほかは属官僕隷であり、行動は自由であり、飲食は最高級であり、太平の世の公
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