務は清閑であり、何一ツ心に任せぬことも無く、好きな狩猟でもして、山野を馳駆《ちく》して快い汗をかくか、天潤いて雨静かな日は明窓|浄几《じょうき》香炉詩巻、吟詠《ぎんえい》翰墨《かんぼく》の遊びをして性情を頤養《いよう》するとかいう風に、心ゆくばかり自由安適な生活を楽んでいたことだったろう。ところが、それで何時迄も済めば其様《そん》な好いことは無いが、花に百日の紅無し、玉樹亦|凋傷《ちょうしょう》するは、人生のきまり相場で、造物|豈《あに》独り此人を憐まんやであった。イヤ去られた妻の呪詛《じゅそ》が利いたのかも知らぬ。いつからという事も無く力寿はわずらい出した。当時は医術が猶《なお》幼かったとは云え、それでも相応に手の尽しかたは有った。又十一面の、薬師の、何の修法《しゅほう》、彼《か》の修法と、祈祷《きとう》の術も数々有った。病は苦悩の多く強いものでは無かったが、美しい花の日に瓶中《へいちゅう》に萎《しお》れゆくが如く、清らな瓜の筺裏《きょうり》に護られながら漸《ようや》く玉の艶を失って行くように、次第次第衰え弱った。定基は焦躁《しょうそう》しだした。怒りを人に遷《うつ》すことが多くなっ
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