力寿を其|後《あと》へ入れることは無くてあるべきように云われたのである。元来聖人などを持出したのが、変なことだったので、変なことの結果は変なことになって終ったのである。双方の話は生活の実際に就てであったのだが、歯に物の挟まった物の云い方を仕合った結果は、書物の古話になってしまった。しかしそれも好かった、書生の閑談で事は終って了って、何等のいさくさも無く稜立《かどだ》つことも無く済んで了った。
 但し双方とも、平常の往来、学問文章の談論でなくて有ったことは互の腹に分って居ない筈は無かったのだから、匡衡の方は人が折角親切気で物を云ってやったに、分らぬ男だと思えば、定基の方は大きな御世話で先日は生才女《なまさいじょ》、今日は生学者が何を云って来居るのだ、それも畢竟《つまり》は家の女めが何か彼か外へ漏らすより、と腹なりを悪くしたに違無い。物の因縁というものは、善くなるのも悪くなるのも、都《す》べて斯様いうもので、親切は却って仇《あだ》となり、助けは却って障りとなって、正基は愈々《いよいよ》妻を疎み、妻は愈々夫を恨み、無言の冷眼と嫉妬《しっと》のひぞり言とは、日に戦ったが、定基は或はずみに遂に妻
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