男だけに、檀弓は六国《りくこく》の人、檀弓一篇は礼記《らいき》に在りと雖《いえど》も、もと伝聞に出ずるもので、多く信ず可からず、というような論は、云えば云えぬでは無いが、そんな迂《う》なことを馬鹿正直に云うよりも、相手の推しを其儘《そのまま》にいなせて、「如何にも」と云ったまま少時《しばらく》考えたが、忽《たちま》ち思い得たところがあったか薄笑いして、成程、聖人も性の合わぬ妻を去られたということは有ったでもござろう、然し聖人は妻を去られたにしても、其後《そののち》他の婦人を迎えて妻とせられたことは無いように存ずる、其証は孔子の御子は伯魚一人|限《ぎ》りで、幵官氏の出《しゅつ》ただ一人《いちにん》、其他に伯魚の弟、妹というものは無かったのでござる、又孔子が継室を迎えられた、それは何氏であったということも、それがし不学で未だ見及ばず聞及ばぬでござるが、と談話は実に斡旋《あっせん》の妙を極めた。此度は定基の推した手を却《かえ》って軽く引いて置いて、側《そば》から横へ推したようなものだった。定基は抵抗されたのでは無いが、思わぬ方《かた》へ身を持って行かれたのであった。妻を去るのは去るにしても、
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