か》、或は幵官氏に宜しからぬことのありし歟。すべて遠き古《いにしえ》の事、考え知らんにも今如何ともし難けれど、我等凡愚にはただ因縁不可思議とのみ存ずる、何様いうものでござろうか、と意外な逆手に出られた。これは何も定基が匡衡より学識が勝《すぐ》れていた故というのでは無いが、定基の方は自分の境遇の現在から斯様《こう》いうことを実際の問題にして、いろいろ苦悩して考えていたからである。匡衡は一寸身を退《ひ》かずには居られなかった。相撲なら、ここで定基の出足さえ速かったら、匡衡は手もなく推出されて終《しま》うところだったが、何も定基は勝負《かちまけ》を争うつもりのわけでは無かったから、追窮するような態度に出無かった。が、匡衡の方では、明らかに自分が推戻されてたじたじとなったのを感じた。けれども匡衡も鳶肩倔強《えんけんくっきょう》の男児だ、斯様なると話が学問がかったところで推出されじまいになるのには堪えられなかった。何も争いを仕に来たので無いのは知れきったことだが、負けたようになって引退《ひきさが》ることは厭《いや》だった。そこは流石《さすが》に才子で、粟津の浜に精兵を率いて駈通るような文章を作る
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