と》で好く思われる筈は無い、双方の古疵《ふるきず》を知っている一《いつ》の他人であるからである。又仲直りが出来ずに終れば、もとより口をきいた甲斐もないのであるからである。しかし親類合のことであって見ると、又別である。が、匡衡も定基も血の気の多い、覇気満々の年頃ではあり、双方とも学問はあり才器はあり、かりそめの雑談を仕合っても互に負けては居ぬ頃合であるから、斯様《こう》いう談《はなし》などは、好い結果を生じそうにないのが自然であった。然し双方とも幸に愚劣な高慢的な人で無かったから、何等の後の語り草になるほどのことも無くて済んでしまったが、互の感情は※[#「目+癸」、第4水準2−82−11]離《けいり》し、そして匡衡は匡衡、定基は定基で、各々|峭立《しょうりつ》して疎遠になるに終ったことだったろう。察するに一方は、路花墻柳《ろかしょうりゅう》の美に目を奪われるの甲斐無きことをあげて、修身斉家の大切なことを、それとなく諷《ふう》したに違いない。それに対し反対の仕ようは無いから、一方は黙っていたに違いない。此の黙っているというのは誠に張合の無い困ったことだから、又更に一方は大江の家が儒を以て立
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