は無い、差当りだけでも、如何にも御もっともと、降伏せざるを得ないところであった。
ところが然様はいかなかった。定基に取っては力寿のかわゆさが骨身に徹していたのである。イヤ、骨身に徹するどころではない、魂魄《たましい》なども疾《とっ》くに飛出して終《しま》って、力寿の懐中《ふところ》の奥深くに潜《もぐ》り込んで居たのである。妻は既に妻ではないのであった、袖の上の飛花、脚の下の落葉ほどにも無いものであったのである。妻に深刻な眼で恨まれたこともあったろうが、それは籬《まがき》の外の蛍ぐらいにしか見えなかったであろう。母に慈愛のまなざしで諭されたことも有ったろうが、それも勿体ないが雲辺《うんぺん》の禽《とり》の影、暫時《しばし》のほどしか心には留《とど》まらなかったのであったろう。如何に歌人でも才女でも、常識の円満に発達した、中々しっかり者の赤染右衛門でもが、高が従兄弟の妻である。そんなものが兎や角言ったとて、定基の耳には頭《てん》から入らなかったのであろう。別に抗弁するのでも無ければ、駁撃《ばくげき》するというでも無く、樹間の蝉声《せんせい》、聴き来って意に入るもの無し、という調子にあしら
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