実である。とにかく、此の事は別にして其儘遺して置くことにする。が、為基定基兄弟の母と右衛門との間にも後になって互に問いおとずれし合ったことのあったのは、これも贈答の歌が幾首も残っているので分明である。梅の花、常夏の花などにつけて、定基の母の歌をおこしたのに右衛門の返ししたのもあり、又右衛門の家に定基の母が宿って、夜ふかき月をながむるに虫の声のみして人皆寝しずまりたるに、「雲ゐにてながむるだにもあるものを袖にやどれる月を見るらむ」と老女の悲愴《ひそう》の感をのべたのがある。為基定基の弟に成基《しげもと》、尊基《たかもと》が無かった訳ではないが、頼もしくした二人に離れて、袖《そで》にやどれる月を見るかな、とは何という悲しい歌だろう。右衛門も感傷にたえで、「ありあけの月は袂《たもと》にながれつゝかなしき頃の虫の声かな」と返している。此歌は続古今集に載せられている。一家の事だから、交通もかくの如く繁かったことだろう、何も不思議はない。
かかる一家の間柄である。かかる人品の赤染右衛門である。虐《しいた》げられた定基の若妻に同情し、又無論のこと力寿の方の肩を持ちそうもない定基の母にも添うて、右衛
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