、其儘《そのまま》に他所《よそ》の事だと澄ましかえっては居にくいことである。まして段々と風波が募って、定基の妻が日に日に虐《いじ》められるようになっては、右衛門に対して援《すくい》を求めるように何等かのことをしたかも知れない。そこで何も弁護士然と出かけた訳では無かろうが、右衛門は定基の妻のために、折にふれて何かと口をきいたことは自然であったろう。定基の家と右衛門とは、ただ一家というばかりの親しさのみでは無かったようである。これは少し言過ぎるかも知らぬが、定基の兄の為基、これは系図には、歌人とあり、文章博士、正五位下、摂津守とある。此人と右衛門との間には、何様《どう》もなみならぬ心のゆきかいが有ったかと見ゆるのである。此の頃の雑談《ぞうだん》を書記した類《たぐい》の書籍《しょじゃく》にも、我が知れる限りでは右衛門為基の恋愛|譚《だん》は見当らず、又果して恋物語などが有ったのか否かも不明であるが、為基と右衛門との間に、歌の贈答が少くなかったことは、顕証が存している。ただし其恋があったとしても、双方ともに遠慮がちで終ったのかも知れないし、且又為基は病弱で、そして蚤《はや》く亡くなったことは事
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