返事して使をかえした。然程《さほど》に待っていてくれるとも分らず思いまどうて余の路に踏みまどうた、相済みませぬ、恐れ入りました、という謝まりの証文の一札の歌であって、※[#「匈/月」、936−中−8]中《きょうちゅう》も苦しかったろうが歌も苦しい。ふみすぎにけり、で杉を使ったなどは随分せつない、歌仙の歌でも何でも有りはしない、音律不たしかな切《せつ》な屁《へ》のような歌である。しかし是に懲らされて、狐は落されてしまったと見え、それからは、鳶肩《えんけん》長身、傲骨《ごうこつ》稜々《りょうりょう》たる匡衡朝臣も、おとなしくなって、好いお父さんになっていたという話である。此歌も余り拙《まず》いから、多分後の物語作者などが作ったのだろうと思われては迷惑であるから断って置くが、慥《たしか》に右衛門集に出ているのである。
赤染右衛門は斯様《こう》いう女である。こういう女が身体の血の気も漲《みなぎ》っていれば、心の火の熱も熾《さか》んな若盛りで、しかも婚後の温い生活を楽んでいる際に当って、近親の定基の家には、卑しい身分の一艶婦のために冷雨悲風が起って、其若い妻が泣きの涙でいるということを知っては
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