な》わない、一応は降参して、向後《きょうこう》然様《さよう》なところへはまいりませぬと謝罪して済んだが、そこには又あやしきは男女の縁で、焼木杭《やけぼっくい》は火の着くこと疾《はや》く、復《また》匡衡はそこへ通い出した。すると右衛門は、すっかり女の身許《みもと》から、匡衡がそこへ泊った時までを確実に調べ上げて置いて、丁度匡衡の其処に居た折、「我が宿のまつにしるしも無かりけり杉むらならば尋ねきなまし」という歌を使に持たせて、受取証明を取ってこいと責めたてた。待つに松をかけて、吾家《わがや》へ帰るべきを忘れたのを怨《うら》んだも好いが、相手の女が稲荷様の禰宜《ねぎ》の女というので、杉村ならば帰ったろうにと云ったのは、冷視と蔑視《べっし》とを兼ねて、狐にばかされているのが其様《そんな》に嬉しいかと云わぬばかりに、ぴしゃりと一本見事に見舞っている。人に歌を読みかけられて返歌をせぬのは七生《しちしょう》暗《やみ》に生れるなどという諺《ことわざ》のある日本の人、まして匡衡だって中古三十六歌仙の中に入っている男だから、是非無くも「人をまつ山路《やまぢ》わかれず見えしかば思ひまどふにふみすぎにけり」と
前へ 次へ
全120ページ中59ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
幸田 露伴 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング