て闘うに至るのが、世間|有勝《ありがち》の事である。即ち出すの引くのという騒動になるのである。ここになると小説を書く者などは、浅はかな然し罪深いもので、そりゃこそ、時至れりとばかり筆を揮《ふる》って、有ること無いこと、見て来たように出たらめを描くのである。と云って置いて、此以下少しばかり出たらめを描くが、それは全く出たらめであると思っていただきたい。但し出たらめを描くようにさせた、即ち定基夫婦の別れ話は定基夫婦の実演した事である。
定基の妻の名は何と云ったか、何氏《なにうじ》の女《むすめ》であったか、それは皆分らない。此頃の女は本名が無かった訳ではあるまいが、紫式部だって、本名はおむらだったかお里だったか、誰も知らない、清少納言だって、本名はおきよだったかおせいだったか、誰も知らない、知ってる方は手をあげなさいと云われたって、大抵の人は懐手で御免を蒙るでしょう。まさか赤[#(ン)]坊の時から、紫式部や、おっぱい御上り、清少納言や、おしっこをなさい、ワンワン来い来い、などと云われたので無かろうことは分っているが、仙人の女王、西王母の、姓は侯《こう》、名は婉※[#「女+今」、932−中−
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