面を張りゆがめた。余の話の声など立てて妨ぐればこそ、感涙を流して謹み聞けるものを打擲《ちょうちゃく》するは、と人々も苦りきって、座もしらけて其儘《そのまま》になって終《しま》った。さてあるべきではないから、寂心も涙を収め、人々も増賀をなだめすかして、ふたたび講説せしめた。と、又寂心は感動して泣いた。増賀は又拳をもって寂心を打った。是《かく》の如くにして寂心の泣くこと三たびに及び、増賀は遂に寂心の誠意誠心に感じ、流石《さすが》の増賀も増賀の方が負けて、それから遂に自分の淵底を尽して止観の奥秘を寂心に伝えたということである。何故《なにゆえ》に泣いたか、何故に打ったか、それは二人のみが知ったことで、同会の衆僧も知らず、後の我等も知らぬとして宜いことだろう。
寂心が出家した後を続往生伝には、諸国を経歴して、広く仏事を作《な》した、とのみ記してあるばかりで、何様いうことがあったということは載せていないが、既に柔※[#「車+(而/大)、第3水準1−92−46]《にゅうなん》の仏子となった以上は別に何の事も有ろう訳も無い。しかし諸国を経歴したとある其の諸国とは何処何処であったろうかというに、西は播
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