第3水準1−86−44]陵《びりょう》の堪然《たんねん》の輔行弘決《ぶぎょうぐけつ》を未だ寂心が手にし得無かったにせよ、寂心も既に半生を文字の中に暮して、経論の香気も身に浸々《しみじみ》と味わっているのであるから、止観の文の読取れぬわけは無い。然し甚源微妙《じんげんみみょう》の秘奥のところをというので、乞うて増賀の壇下に就いたのである。勿論同会の僧も幾人か有ったのである。増賀はおもむろに説きはじめた。止観|明静《めいじょう》、前代未だ聞かず、という最初のところから演《の》べる。其の何様《どう》いうところが寂心の※[#「匈/月」、928−下−18]《むね》に響いたのか、其の意味がか、其の音声《おんじょう》が乎《か》、其の何の章、何の句がか、其の講明が乎演説が乎は、今伝えられて居らぬが、蓋《けだ》し或箇処、或言句からというのでは無く、全体の其時の気味合からでも有ったろうか、寂心は大《おおい》に感激した随喜した。そして堪《たま》り兼ねて流涕《りゅてい》し、すすり泣いた。すると増賀は忽《たちま》ち座を下りて、つかつかと寂心の前へ立つなり、しや、何泣くぞ、と拳《こぶし》を固めて、したたかに寂心が
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