五年前に失ったばかりの時代の人であったのである。そこで宋主(真宗)は日本の国体に嘆美|措《お》く能《あた》わず、又寂照の風神才能に傾倒の情を発して、大《おおい》にこれを悦《よろこ》び、紫衣束帛《しえそくはく》を賜わり、上寺《じょうじ》にとどめ置かせたまいて号を円通大師と賜わった。前世因縁値遇だか何だかは知らぬが、此頃寂照は丁謂《ていい》と相知るに至った。
丁謂は恐しいような、又|然程《さほど》でも無いような人であるが、とにかく異色ある人だったに違い無く、宋史の伝は之を貶《へん》するに過ぎている嫌がある。道仏の教が世に出てから、道仏に倚《よ》るの人は、歴史には大抵善正でない人にされていると解するのが当る。丁謂が寂照と知ったのは年|猶《なお》若き時であり、後に貶所《へんしょ》に在りて専ら浮屠《ふと》因果の説を事としたと史にはある。さすれば謂は早くより因果の説を信じていたればこそ、後年|貶謫《へんたく》されるに至って愈々《いよいよ》深く之を信じたので、或は早く寂照に点化《てんけ》されたのかも知れない。楊億《ようおく》の談苑《だんえん》によれば、丁謂が寂照を供養したとある。何時から何時まで給
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