》なるが聖《せい》

 虚言《うそ》という者|誰《たれ》吐《つき》そめて正直は馬鹿《ばか》の如《ごと》く、真実は間抜《まぬけ》の様《よう》に扱わるゝ事あさましき世ぞかし。男女《なんにょ》の間変らじと一言《ひとこと》交《かわ》せば一生変るまじきは素《もと》よりなるを、小賢《こさか》しき祈誓三昧《きしょうさんまい》、誠少き命毛《いのちげ》に情《なさけ》は薄き墨含ませて、文句を飾り色めかす腹の中《うち》慨《なげ》かわしと昔の人の云《いい》たるが、夫《それ》も牛王《ごおう》を血に汚《けが》し神を証人とせしはまだゆかしき所ありしに、近来は熊野《くまの》を茶にして罰《ばち》を恐れず、金銀を命と大切《だいじ》にして、一《ひとつ》金《きん》千両|也《なり》右借用仕候段実正《みぎしゃくようつかまつりそうろうだんじっしょう》なりと本式の証文|遣《や》り置き、変心の暁は是《これ》が口を利《きき》て必ず取立《とりたて》らるべしと汚き小判《こばん》を枷《かせ》に約束を堅《かた》めけると、或書《あるしょ》に見えしが、是《これ》も烏賊《いか》の墨で文字書き、亀《かめ》の尿《いばり》を印肉に仕懸《しかく》るなど巧《た
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