は底本では「呟」]む女もなし、皆々手製の影法師に惚《ほれ》るらしい、普通《なみなみ》の人の恋の初幕《しょまく》、梅花の匂《におい》ぷんとしたに振向《ふりむけ》ば柳のとりなり玉の顔、さても美人と感心した所では西行《さいぎょう》も凡夫《ぼんぷ》も変《かわり》はなけれど、白痴《こけ》は其女の影を自分の睛《ひとみ》の底に仕舞込《しまいこん》で忘れず、それから因縁あれば両三度も落合い挨拶《あいさつ》の一つも云わるゝより影法師殿段々堅くなって、愛敬詞《あいきょうことば》を執着《しゅうじゃく》の耳の奥で繰り返し玉い、尚《なお》因縁深ければ戯談《じょうだん》のやりとり親切の受授《うけさずけ》男は一寸《ちょっと》行《ゆく》にも新著百種の一冊も土産《みやげ》にやれば女は、夏の夕陽《ゆうひ》の憎や烈《はげ》しくて御暑う御座りましたろと、岐阜団扇《ぎふうちわ》に風を送り氷水に手拭《てぬぐい》を絞り呉《く》れるまでになってはあり難さ嬉《うれ》しさ御馳走《ごちそう》の瓜《うり》と共に甘《うま》い事胃の腑《ふ》に染渡《しみわた》り、さあ堪《たま》らぬ影法師殿むく/\と魂入り、働き出し玉う御容貌《ごきりょう》は百三十
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