玉の上に泥絵具《どろえのぐ》彩りしと何が何やら独り後悔|慚愧《ざんき》して、聖書の中へ山水天狗楽書《やまみずてんぐらくがき》したる児童が日曜の朝|字消護謨《じけしゴム》に気をあせる如《ごと》く、周章|狼狽《ろうばい》一生懸命|刀《とう》は手を離れず、手は刀を離さず、必死と成《なっ》て夢我《むが》夢中、きらめく刃《やいば》は金剛石の燈下に転《まろ》ぶ光きら/\截切《たちき》る音は空《そら》駈《かく》る矢羽《やばね》の風を剪《き》る如く、一足|退《すさ》って配合《つりあい》を見《み》糺《ただ》す時は琴《こと》の糸断えて余韵《よいん》のある如く、意《こころ》糾々《きゅうきゅう》気|昂々《こうこう》、抑《そ》も幾年の学びたる力一杯鍛いたる腕一杯の経験|修錬《しゅれん》、渦《うず》まき起って沸々《ふつふつ》と、今|拳頭《けんとう》に迸《ほとばし》り、倦《うむ》も疲《つかれ》も忘れ果て、心は冴《さえ》に冴《さえ》渡る不乱不動の精進波羅密《しょうじんはらみつ》、骨をも休めず筋をも緩めず、湧《わ》くや額に玉の汗、去りも敢《あえ》ざる不退転、耳に世界の音も無《なく》、腹に饑《うえ》をも補わず自然《おのず
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