たが、それも出来ねばせめては心計《こころばかり》、一日肩を凝らして漸《ようや》く其彫《そのほり》をしたも、若《もし》や御髪《おぐし》にさして下さらば一生に又なき名誉、嬉《うれ》しい事と態々《わざわざ》持参して来て見れば他《よそ》にならぬ今のありさま、出過《ですぎ》たかは知りませぬが堪忍がならで縄も手拭も取りましたが、悪いとあらば何とでも謝罪《あやま》りましょ。元の通りに縛れとはなさけなし、鬼と見て我を御頼《おたのみ》か、金輪《こんりん》奈落《ならく》其様《そのよう》な義は御免|蒙《こうむ》ると、心清き男の強く云うをお辰聞ながら、櫛を手にして見れば、ても美しく彫《ほり》に彫《ほっ》たり、厚《あつさ》は僅《わずか》に一分《いちぶ》に足らず、幅は漸《ようや》く二分|計《ばか》り、長さも左《さ》のみならざる棟《むね》に、一重の梅や八重桜、桃はまだしも、菊の花、薄荷《はっか》の花の眼《め》も及ばぬまで濃《こまか》きを浮き彫にして香《にお》う計《ばか》り、そも此人《このひと》は如何《いか》なればかゝる細工をする者ぞと思うに連れて瞳《ひとみ》は通い、竊《ひそか》に様子を伺えば、色黒からず、口元ゆるま
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