の人と知る。齢《よわい》は五十を超《こ》えたるなるべけれど矍鑠《かくしゃく》としてほとんと伏波将軍《ふくはしょうぐん》の気概《きがい》あり、これより千島《ちしま》に行かんとなり。
 五日、いったん湯の川に帰り、引かえしてまた函館に至り仮寓《かぐう》を定めぬ。
 六日、無事。
 七日、静坐《せいざ》読書。
 八日、おなじく。
 九日、市中を散歩して此地には居るまじきはずの男に行き逢《あ》いたり。何とて父母を捨て流浪《るろう》せりやと問えば、情婦のためなりと答う。帰後|独坐感慨《どくざかんがい》これを久《ひさし》うす。
 十日、東京に帰らんと欲すること急なり。されど船にて直航せんには嚢中《のうちゅう》足らずして興|薄《うす》く、陸にて行かば苦《くるし》み多からんが興はあるべし。嚢中不足は同じ事なれど、仙台《せんだい》にはその人無くば已《や》まむ在らば我が金を得べき理《ことわり》ある筋あり、かつはいささかにても見聞を広くし経験を得んには陸行にしくなし。ついに決断して青森行きの船出づるに投じ、突然《とつぜん》此地を後になしぬ。別《わかれ》を訣《つ》げなば妨《さまた》げ多からむを慮《おもんぱか》
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