券とを得ければ、因循《いんじゅん》日を費さんよりは苦しくとも出発せんと馬車にて仙台を立ち、日なお暮れざるに福島に着きぬ。途中白石の町は往時《むかし》民家の二階立てを禁じありしとかにて、うち見たるところ今なお巍然《ぎぜん》たる家無し。片倉小十郎は面白き制を布《し》きしものかな。福島にて問い質《ただ》すに、郡山より東京までは鉄路|既《すで》に通じて汽車の往復ある由《よし》なり。その乗券の価を問うにほとんど嚢中有るところと相同じければ、今宵《こよい》この地に宿りて汽車賃を食い込み、明日また歩み明後日また歩み、いつまでも順送りに汽車へ乗れぬ身とならんよりは、苦しくとも夜を罩《こ》めて郡山まで歩み、明日の朝一番にて東京に到らん方極めて妙《みょう》なり、身には邪熱《じゃねつ》あり足はなお痛めど、夜行をとらでは以後の苦みいよいよもって大ならむと、ついに草鞋穿《わらじば》きとなりて歩み出しぬ。二本松に至れば、はや夜半ちかくして、市は祭礼のよしにて賑やかなれど、我が心の淋《さび》しさ云うばかりなし。市を出はずるる頃より月明らかに前途《ゆくて》を照しくるれど、同伴者《つれ》も無くてただ一人、町にて買いたる
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