んなど思いつづくるにつけて、竹屋の渡しより待乳山《まつちやま》あたりのありさま眼に浮び、同じ川のほとりなり、同じ神の祠《ほこら》なれど、此処と彼処とのおもむきの違えば違うものよなど想いくらべて、そぞろに時を移せしが、寒月子の図も成りたれば、いざとて立ち出ず。
末野を過ぐる頃より平地ようやく窄《せばま》り、左右の山々近く道に逼《せま》らんとす。やがて矢那瀬というに至れば、はや秩父の郡なり。川中にいと大なる岩の色|丹《あか》く見ゆるがあり。中凹みていささか水を湛《たた》う。土地《ところ》の人これを重忠《しげただ》の鬢水と名づけて、旱《ひでり》つづきたる時こを汲《く》み乾《ほ》せば必ず雨ふるよしにいい伝う。また二つ岩とて大なる岩の川中に横たわれるあり。字《あざ》滝の上というところにかかれる折しも、真昼近き日の光り烈《はげ》しく熱さ堪えがたければ、清水を尋ねて辛くも道の右の巌陰に石井を得たり。さし当りては鬢水よりもこれこそ嬉しけれと、汲みて喉《のんど》を潤おしつ、この井に名ありやと問えばなしという。名のなくてすみぬるも心にくし、ただやすらかに巌陰の清水と名づけばやなど戯れて過ぎ、やがて本野上
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