り寄りて見下せば、川は開きたる扇の二ツの親骨のように右より来りて折れて左に去り、我が立つところの真下の川原は、扇の蟹眼釘《かにめ》にも喩《たと》えつべし。ところの名を問えば象が鼻という。まことにその名|空《むな》しからで、流れの下にあたりて長々と川中へ突き出でたる巌のさま、彼の普賢菩薩《ふげんぼさつ》の乗りもののおもかげに似たるが、その上には美わしき赤松ばらばらと簇立《むらだ》ち生いて、中に聖天尊の宮居神さびて見えさせ給える、絵を見るごとくおもしろし。川は巌の此方《こなた》に碧《みどり》の淵をなし、しばらく澱《よど》みて遂に逝《ゆ》く。川を隔てて遥《はるか》彼方には石尊山白雲を帯びて聳《そび》え、眼の前には釜伏山の一[#(ト)]つづき屏風《びょうぶ》なして立つらなれり。折柄《おりから》川向の磧には、さしかけ小屋して二、三十人ばかりの男|打集《うちつど》い、浅瀬の流れを柵して塞き、大きなる簗《やな》をつくらんとてそれそれに働けるが、多くは赤はだかにて走り廻れる、見る眼いとおかし。ここに※[#「田+比」、第3水準1−86−44]奈耶迦天を祀《まつ》れるは地の名に因《ちな》みてしたるにやあら
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