田川の水としいえば黄ばみ濁りて清からぬものと思い馴《な》れたれど、水上にて水晶のようなる氷をさえ出すかと今更の如くに、源の汚れたる川も少く、生れだちより悪き人の鮮《すくな》かるべきを思う。ここの町よりただ荒川|一条《ひとすじ》を隔《へだ》てたる鉢形村といえるは、むかしの鉢形の城のありたるところにて、城は天正《てんしょう》の頃、北条氏政《ほうじょううじまさ》の弟|安房守《あわのかみ》氏邦の守りたるところなれば、このあたりはその頃より繁昌したりと見ゆ。
 寄居を出離れて行くこと少時にして、水の流るるとおぼしき音の耳に入れば、さては道と川と相近づきたるかと疑いつつ行くに、果して左の方に水の光り見えたり。問わずして荒川とは知るものから、昨日と今日とは見どころ異《かわ》れば同じ流れながら如何なるさまをかなせると、路より少し左に下る小径のあるにまかせて伝い行くに、たちまちにしてささやかなる家を得たり。家は数十丈の絶壁にいと危くも桟《かけ》づくりに装置《しつら》いて、旅客が欄に※[#「馮/几」、第4水準2−3−20]《よ》り深きに臨みて賞覧を縦《ほしいまま》にせんを待つものの如し。こはおもしろしと走
前へ 次へ
全38ページ中7ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
幸田 露伴 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング