に通う風も涼しきに、家居続ける東京ならねばこそと、半《なかば》は夢心地に旅のおかしさを味う。
 七日、朝いと夙《はや》く起き出でて、自ら戸を繰り外の方を見るに、天《そら》いと美わしく横雲のたなびける間に、なお昨夜の名残の電光《いなびかり》す。涼しき中にこそと、朝餉《あさげ》済ますやがて立出ず。路は荒川に沿えど磧《かわら》までは、あるは二、三町、あるいは四、五町を隔てたれば水の面を見ず。少しずつの上り下りはあれど、ほとほと平なる路を西へ西へと辿《たど》り、田中の原、黒田の原とて小松の生いたる広き原を過ぎ、小前田というに至る。路のほとりにやや大なる寺ありて、如何にやしけむ鐘楼はなく、山門に鐘を懸けたれば二人相見ておぼえず笑う。九時少し過ぐる頃寄居に入る。ここは人家も少からず、町の彼方《かなた》に秩父の山々近く見えて如何《いか》にも田舎びたれど、熊谷より大宮郷に至る道の中にて第一の賑わしきところなりとぞ。さればにや氷売る店など涼しげによろずを取りなして都めかしたるもあり。とある店に入り、氷に喉《のんど》の渇《かわき》を癒《いや》して、この氷いずくより来るぞと問えば、荒川にて作るなりという。隅
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