いらるるならいにて、豺狼、虎狼、狼声、狼毒、狼狠、狼顧、中山狼、狼※[#「冫+(餮−殄)」、第4水準2−92−45]、狼貪、狼竄、狼藉、狼戻、狼狽、狼疾、狼煙など、めでたきは一つもなき唐山《もろこし》のためし、いとおかし。いわゆる御狗を出すところは此山のみならず、来し路の宝登神社、贄川の猪狩明神、薄村の両神神社なども皆人の乞うに任せて与うという。秩父は山重なり谷深ければ、むかしは必ず狼の多かりしなるべく、今もなお折ふしは見ゆというのみか、此山《ここ》にては月々十九日に飯生酒など本社より八町ほど隔たりたるところに供置きて与うといえば、出で来ぬには限らぬなるべし、おそろしき事かななど寒月子と窃《ひそ》かに語り合いつつ、好きほどに酒杯《さかずき》を返し納めて眠りに就くに、今宵は蚊もなければ蚊屋も吊《つ》らで、しかも涼しきに過ぐれば夜被《よぎ》引被ぎて臥《ふ》す。室は紙障子引きたてしのみにて雨戸ひくということもせず戸の後鎖《しりざし》することもせざる、さすがに御神の御稜威《みいづ》ありがたしと心に浸みて嬉しくおぼえ、胸の海浪おだやかに夢の湊に入る。
九日、朝四時というに起き出でて手あらい口そ
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