そぎ、高き杉の樹梢《こずえ》などは見えわかぬほど霧深き暁の冷やかなるが中を歩みて、寒月子ともども本社に至り階《きざはし》を上りて片隅に扣《ひか》ゆ。朝々の定まれる業なるべし、神主|禰宜《ねぎ》ら十人ばかり皆|厳《おごそ》かに装束《しょうぞく》引きつくろいて祝詞《のりと》をささぐ。宮柱太しく立てる神殿いと広く潔《きよ》らなるに、此方《こなた》より彼方《かなた》へ二行《ふたつら》に点《とも》しつらねたる御燈明《みあかし》の奥深く見えたる、祝詞の声のほがらかに澄みて聞えたる、胆にこたえ身に浸《し》みて有りがたく覚えぬ。やがて退《まか》り立ちて、ここの御社の階《はし》の下の狛犬も狼の形をなせるを見、酒倉の小さからぬを見などして例のところに帰り、朝食《あさげ》をすます。
これよりなお荒川に沿いて上り、雁坂《かりさか》峠を越えて甲斐《かい》の笛吹《ふえふき》川の水上に出で、川と共に下りて甲斐に入り、甲斐路を帰らんと予《かね》ては心の底に思い居けるが、ここにて問い糺《ただ》せば、甲斐の川浦という村まで八里八町人里もなく、草高くして路もたえだえなりとの事に望を失ない、引返さんと心をきわむ。日本武尊の
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