より呼び出せる名にて、仮名は違えど贄川は沸川ならんこと疑いなし。いよいよ雲採《くもとり》、白石、妙法の三峰のふもとに来にけりと思いつつ勇み進むに、十八、九間もあるべき橋の折れ曲りて此方より彼方にわたれるが、その幅わずか三尺ばかりにして、しかも処々腐ちたれば、脚の下の荒川の水の青み渡りて流るるを見るにつけ、さすがに胸つぶれて心|易《やす》からず、渡りわずらうばかりなり。むかしは独木橋《まるきばし》なりしといえばその怖ろしさいうばかりなかりしならん。
ようやくにして渡り終れば大華表ありて、華表のあなたは幾百年も経たりとおぼゆる老樹の杉の、幾本となく蔭暗きまで茂り合いたり。これより神の御山なりと思う心に、日の光だに漏らぬ樹蔭の涼しささえ打添わりて、おのずから身も引きしまるようにおぼゆ。山は麓より巓まで、ひた上り五十二町にして、一町ごとに町数を勒せる標石あり。路はすべて杉の立樹の蔭につき、繞《めぐ》り※[#「螢」の「虫」に代えて「糸」、第3水準1−90−16]《めぐ》りて上りはすれど、下りということ更になし。三十九町目あたりに到れば、山|急《にわか》に開けて眼の下に今朝より歩み来しあたりを望
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