れる吊橋の事なれば、塗りたる色の総べて青きもなかなかに見る眼|厭《いと》わしからず、瑞西《スイツル》あたりの景色の絵を目のあたり此処に見る心地す。贄川は後に山を負い前に川を控えたる寂びたる村なれど、家数もやや多くて、蚕《かいこ》の糸ひく車の音の路行く我らを送り迎えするなど、住まば住み心よかるべく思わるるところなり。昼食《ひるげ》しながらさまざまの事を問うに、去年《こぞ》の冬は近き山にて熊を獲《と》りたりと聞き、寒月子と顔見合わせて驚き、木曾路の贄川、ここの贄川、いずれ劣らぬ山里かな、思えば思い做《な》しにや景色まで似たるところありなどと語らう。
 贄川を立ち出でて猪の鼻を経、強石に到る。贄川より隧道《トンネル》を過ぐるまでの間、山ようやく窄り谷ようやく窮まりて、岨道の岩のさまいとおもしろく、原広く流れ緩きをもて名高き武蔵の国の中にもかかるところありしかと驚かる。されど隧道を過ぐれば趣き変りて、兀げたる山のみ現れ来るもおかし。上りつ下りつして強石を過ぎ、川のほとりにいたる。川のむかいは即ち三峰にて、強石は即ち多くの地図に大滝と見えたる村の小名なり。大滝というも贄川というも、水の流れ烈しき
前へ 次へ
全38ページ中28ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
幸田 露伴 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング