亙りは二町あまりもあるべき、いと大きなる一[#(ト)]つづきの巌の屏風なして聳《そび》え立ちたるその真下に、馬頭尊の御堂の古びたるがいと小やかに物さびて見えたるさま、画としても人の肯うまじきまで珍らかにめでたければ、言語《ことば》を以ては如何にしてか見ぬものをして点頭《うなず》かしむることを得ん、まことにただ仙境の如しといわんのみ。巌といえば日光の華厳の滝のかかれる巌、白石川の上なる材木巌、帚川のほとりの天狗巌など、いずれ趣致《おもむき》なきはなけれど、ここのはそれらとは状《さま》異《かわ》りて、巌という巌にはあるが習いなる劈痕《さけめ》皺裂《ひびり》の殆《ほとん》どなくして、光るというにはあらざれど底におのずから潤《うるおい》を含みたる美しさ、たとえば他《よそ》のは老い枯びたる人の肌の如く、これは若く壮《さかん》なる人の面の如し。特に世の常の巌の色はただ一[#(ト)]色にしておかしからぬに、ここのは都《すべ》ての黒きが中に白くして赤き流れ斑の入りて彩色《いろどり》をなせる、いとおもしろし。憾《うら》むらくは橋立川のやや遠くして一望の中に水なきため、かほどの巌をして一[#(ト)]しおの
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