橋立川と呼ぶものなるべし、水音の涼しげに響くを聞く。それより右に打ち開けたるところを望みつつ、左の山の腰を繞りて岨道《そばみち》を上り行くに、形おかしき鼠色の巌の峙てるあり。おもしろきさまの巌よと心留まりて、ふりかえり見れば、すぐその傍《かたえ》の山の根に、格子しつらい鎖さし固め、猥《みだり》に人の入るを許さずと記したるあり。これこそ彼の岩窟《いわや》ならめと差し覗《のぞ》き見るに、底知れぬ穴一つ※[#「穴かんむり/目」、第3水準1−89−50]然《ようぜん》として暗く見ゆ。さてはいよいよこれなりけりと心勇みて、疾《と》く嚮導《しるべ》すべき人を得んと先ず観音堂を索むるに、見渡す限りそれかと覚しきものも見えねばいささか心惑う折から、寒月子は岨道を遥かに上り行きて、ここに堂あり堂ありと叫ぶ。嬉しやと己も走り上りて其処《そこ》に至れば、眼の前のありさま忽ち変りて、山の姿、樹立の態《さま》も凡《ただ》ならず面白く見ゆるが中に、小き家の棟二つ三つ現わる。名にのみ聞きし石竜山の観音を今ぞ拝み奉ると、先ず境内に入りて足を駐《と》めつ、打仰ぎて四辺《あたり》を見るに、高さはおよそ三、四百尺もあるべく
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