に、まことにあしき病なんど行わるる折なれば、くず湯召したまわんとはよろしき御心づきなり、湯の沸えたぎらばまいらせんほどに、しばし待ちたまえといいて、傍《かたえ》の棚をさぐりて小皿をとりいだし懐にして立出でしが、やがて帰り来れるを見れば白き砂糖をその皿に山と盛りて手にしたり。くず湯に入るべき白き砂糖のなかりければ、老の足のたどたどしくも母屋がり行きもどりせしとは問わでも知らるるに、ここらのさびしさ、人の優しさ目のあたり見ゆ。ただし今の世の風に吹かれたる若き人はこうもあらぬなるべし。
かくてくず湯も成りければ、啜る啜るさまざまの物語する序《ついで》に、氷雨塚というもののこのあたりにあるべきはずなるが知らずやと問えば、そのいわれはよくも知らねど塚は我が家のすぐ横にあり、それその竹の一《ひ》[#(ト)]|簇《むら》しげれるが、尋ねたまうものなりと指さし示す。氷の雨塚とは太古《おおむかし》のいまだ開けざる頃の人の住家もしくは墓穴のたぐいを、むかし氷の雨降りたる時人々の隠れたりしところならんと後のものの思いしより呼びならわせし名にやあるべき、詳《くわし》くは考うべき由なし。大淵、小柱、金崎、皆野
前へ
次へ
全38ページ中13ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
幸田 露伴 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング