ぼえける。ここの御社の御前の狛犬《こまいぬ》は全く狼の相《すがた》をなせり。八幡《やわた》の鳩、春日《かすが》の鹿などの如く、狼をここの御社の御使いなりとすればなるべし。
 さてこれより金崎へ至らんとするに、来し路を元のところまで返りて行かんもおかしからねばとて、おおよその考えのみを心頼みに、人にさえ逢えば問いただして、おぼつかなくも山添いの小径の草深き中を歩むに、思いもかけぬ草叢《くさむら》より、けたたましき羽音させていと烈しく飛びたつものあり。何ぞと見るに雉子《きじ》の雌鳥《めんどり》なれば、あわれ狩する時ならばといいつつそのままやみしが、大路を去る幾何《いくばく》もあらぬところに雉子などの遊べるをもておもえば、土地《ところ》のさまも測り知るべきなり。
 かくてようやく大路に出でたる頃は、さまで道のりをあゆみしにあらねど、暑《あつさ》に息もあえぐばかり苦しくおぼえしかば、もの売る小家の眼に入りたるを幸とそこにやすむ。水湯茶のたぐいをのみ飲まんもあしかるべし、あつき日にはあつきものこそよかるべけれとて、寒月子くず湯を欲しとのぞめば、あるじの老媼《おうな》いなかうどの心|緩《ゆる》やか
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