《あやふ》げ更に無く、海原に我たゞ一人立ちたる心地よさ、天《そら》よりおろす風に塵無く、眼に入るものに厭ふべきも無し。滄浪の水に足を濯ふといふもかくてこそと微笑まる。一身已に累無し、万事更に何をか欲せん、たゞ魚よ疾く鉤にかゝれと念ずる折から、こつりと手ごたへす。さてこそと急ぎ引きあげんとするに、魚は免れんとして水の中をいと疾く走る。其速きこと思ひのほかにして、鉤につけたる天蚕糸の、魚の走るに連れて水を截る音きう/\と聞え、竿は弓なして丸く曲りけるが、やうやくにして魚の力弱りたるを釣りあげ見れば、五寸あまりの大きさのなり。悦びて※[#「※」は「たけかんむり+令」、第3水準1−89−59、174−6]※[#「※」は「たけかんむり+省」、第4水準2−83−57、174−6]の中にこれを放ち入れつ、父上は弟はと見めぐらすに、父上の手にも弟の手にも既《はや》幾尾か釣れたりとおぼしく、網※[#「※」は「たけかんむり+令」、第3水準1−89−59、174−7]※[#「※」は「たけかんむり+省」、第4水準2−83−57、174−7]はいと長く垂れて其底水に浸り居れり。さては彼方にても獲たりと見ゆ、釣り
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