負けまじものをと心を励まして、また綸を下すに、また少時して一尾を獲たり。
 一尾又一尾と釣りて正午《まひる》に至りける頃、船を舟子の寄せければ、それに乗り移りて、父上弟をも迎へ入れ、昼餉す。昼餉を終へて後、今一ト潮とて舟子船を前と同じからざるところに行りつ、それぞれ「きゃたつ」を立つ。こたびは潮《しほ》の頭《はな》の事とて忙しきまで追ひかけ追ひかけて魚の鉤に上り来れば、手も眼も及びかぬるばかりなり。我はかくばかり善く釣り得るが、父上弟はと遥かに視るに、父上も弟も面に喜びの色あるやうなれば、おのれも心満ちたらひて一向《ひたすら》に釣り居けるが、やがて潮満ち来て「きゃたつ」を余すこと二尺足らずとなりし時、舟子舟を寄せ来りて、今日はこれまでなり、又の日の潮にと云ふ。おのれ等これに足ることを知つておの/\船に戻り、其得たるところの多き少きを比ぶるに、父上第一にして、其次はおのれ、其また次は弟なりければ、齢の数に叶ひたるにやと父上打笑ひ玉ふ。さらば恨むところも無しと、弟も笑へば我も笑ふ。船の帰るさに順風《おひて》を得たるは、船子にも嬉しからぬことあらじ。こゝろよき南風に帆を張りて、忽ち永代橋、忽
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