を過ごしける中、いつしか我を忘れて全く睡りに入りけるが、兄上※※[#「※」は「二の字点」、第3水準1−2−22、169−7]と揺り覚まされて、はつと我に返れば、灯火《ともしび》の光きら/\として室の内明るく、父上も弟も既《はや》衣をあらためて携ふべきものなど取揃へ、直にも立出でんありさまなり。雨は止みたりや、天《そら》は如何にと云へば、弟、雨は猶降れゝど音も無き霧雨となりたり、雲の脚|断《き》れて天明るくなりたれば、やがて麗はしく晴れん、人々の言葉も必ず空頼めなるまじと勇み立つて云ふ。雨戸一枚繰り開けたるところより首をさし出して窺ふに、薄墨色の雲の底に有るか無きかの星影の見えたるなど、猶おぼつか無くは思はるれど望みを断つべくもあらぬさまとなりぬ。いざさらば船宿まで行かめ、船出す出さぬは船頭こそ判じ定むべけれ、我等の今こゝにて測り知るべきにはあらず、行かめ、行かめと手疾く衣を更へて立出づ。
 三時を纔に過ぎたるほどの頃なれば、吾が家の門の戸引開くる音さへいと耳立ちて、近き家※[#「※」は「二の字点」、第3水準1−2−22、169−15]に憚りありとおもはるゝまで、四囲《あたり》は物静かな
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