《こつねん》として憤怒になって、
「コレ」
と、小さい声ではあったが叱るように云った。
「…………」
「…………」
「…………」
であって、短い時間では有ったが、非常に長い時間のように思われて、女は其の無言無物の寂寞《せきばく》の苦に、十万億土を通るというのは斯様いうものででもあるかと苦んでいたので、今、「コレ」と云われると、それが厳しい叱咤であろうと何であろうと、活路を死中に示され、暗夜に灯火を得たが如く、急に涙の顔を挙げて、
「ハイ」
と答えたが、事態の現在を眼にすると、復《また》今更にハラハラと泣いて、
「まことに相済みませぬ疎忽《そこつ》を致しました。御相図《おあいず》と承わり、又御物ごしが彼方《あのかた》様|其儘《そのまま》でござりましたので、……如何様にも私を御成敗下さりまして、……又此方様は、私、身を捨てましても、御引取いただくよう願いまして、然《さ》よう致しますれば……」
と、今まで泣伏していた間に考えていたものと見えて、心有りたけを澱《よど》みなく言立てた。真実はおもてに現われて、うそや飾りで無いことは、其の止途無《とめどな》い涙に知れ、そして此の紛《まぎ》れ込者を何
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