うな鬚《ひげ》疎《まば》らに生い、甚だ多き髪を茶筅《ちゃせん》とも無く粗末に異様に短く束《つか》ねて、町人風の身づくりはしたれど更に似合わしからず、脇差一本指したる体《てい》、何とも合点が行かず、痩《や》せて居れども強そうに、今は貧相なれども前には人の上に立てるかとも思われ、盗賊の道の附入りということを現在には為したのなれど、癇癖《かんぺき》強くて正《まさ》しく意地を張りそうにも見え、すべて何とも推量に余る人品であった。その不気味な男が、前に
「にッたり」
と笑ったきり、何時までも顔の様子をかえず、にッたりを木彫《きぼり》にしたような者に「にッたり」と対《むか》っていられて、憎悪も憤怒も次第に裏崩れして了った。実に怒る者は知る可し、笑う者は測るべからず、である。求むる有るものは弱し、恐るるに足らず、求むる無き者は強し、之を如何ともする能《あた》わず、である。不可解は恐怖になり、恐怖は遁逃《とんとう》を思わしめるに至った。で、何も責め立てられるでも無く、強請されるでも無いが、此男の前に居るに堪え無くなって、退《の》こうとした。が、前に泣《なき》臥《ふ》している召使を見ると、そこは女の忽然
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