男を引入れ、そして其のケチな男に手証の品を握って帰られた……と知ったなら、広い海の上に居ても、大腹中でも、やはり小さな癇癪《かんしゃく》が起らずには居まいがナ。」
と、三斗の悪水《おすい》は驀向《まっこう》から打澆《うちか》けられた。
 客は愕然《がくぜん》として急に左の膝を一ト[#「ト」は小書き]膝引いて主人《あるじ》を一ト眼見たが、直に身を伏せて、少時《しばし》は頭《かしら》を上げ得無かった。然し流石《さすが》は老骨だ。
「恐れ入りました。」
と、一句、ただ一句に一切を片づけて了って、
「了休禅坊とは在俗中も出家後も懇意に致居りましたを手寄《たよ》りに、御尋致しましたるところ、御隔意無く種々御話し下され、失礼ながら御気象も御思召《おぼしめし》も了休御噂の如く珍しき御器量に拝し上げ、我を忘れて無遠慮に愚存など申上げましたが、畢竟《ひっきょう》は只今御話の一ト[#「ト」は小書き]品を頂戴致したい旨を申出ずるに申出兼ねて、何《なに》彼《かに》、右左、と御物語致し居りたる次第、但し余談とは申せ、詐《いつわ》り飾りは申したのではござりませぬ、御覧の如くの野人にござりまする。何卒了休禅坊御懇親
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