たり」を「にたにたにた」にして、
「ハハハ、心配しおるな、主人は今、海の外に居るのでの。安心し居れ。今宵《こよい》の始末を知らそうとて知らそう道は無い。帰って来居る時までは、おのれ等、敵の寄せぬ城に居るも同然じゃ。好きにし居れ、おのれ等。楽まば楽め。人のさまたげはせぬが功徳じゃ。主人が帰るそれまでは、我とおのれ等とは何の関りも無い。帰る。宜かろう。何様じゃ。互に用は無い。勝手にしおれおのれ等。ハハハハハハ、公方《くぼう》が河内《かわち》正覚寺《しょうがくじ》の御陣にあらせられた間、桂の遊女を御相手にしめされて御慰みあったも同じことじゃ、ハハハハハハ。」
と笑った。二人は畳に頭《こうべ》をすりつけて謝した。其|間《ひま》に男は立上って、手早く笛を懐中して了って歩き出した。雪に汚れた革《かわ》足袋《たび》の爪先の痕《あと》は美しい青畳の上に点々と印《いん》されてあった。

   中

 南北朝の頃から堺は開けていた。正平の十九年に此処の道祐《どうゆう》というものの手によって論語が刊出され、其他|文選《もんぜん》等の書が出されたことは、既に民戸の繁栄して文化の豊かな地となっていたことを語って
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