御足を留《とど》め、まことに恐れ入りました。些少《さしょう》にはござりますれど、御用を御欠かせ申しましたる御勘弁料差上げ申しまする。何卒《なにとぞ》御納め下されまして、御随意御引取下されまするように。」
と、利口に云廻して指をついて礼をすると、主人も同時に軽く頭《かしら》を下げて挨拶した。
すると「にッたり」は「にッたり」で無くなった。俄《にわか》に強く衝《つ》き動かされて、ぐらぐらとなったように見えたが、憤怒と悲みとが交り合って、ただ一ツの真面目さになったような、犯し難い真面目さになって、
「ム」
と行詰ったが如くに一ト[#「ト」は小書き]息した。真面目の顔からは手強《てごわ》い威が射した。主人も女も其威に打たれ、何とも測りかねて伏目にならざるを得なかった。蝋燭《ろうそく》の光りにちらついていた金銀などは今誰の心にも無いものになった。主人にも女にも全く解釈の手がかりの無い男だった。
「おのれ等」
と、見だての無い衣裳を着けている男の口からには似合わない尊大な一語が発された。然し二人は圧倒されて愕然《がくぜん》とした、中辺の高さでは有るが澄んで良い声であった。
「揃いも揃って、感心し
前へ
次へ
全67ページ中12ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
幸田 露伴 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング