るにはあらず。看《み》るものいたづらにその備はらざるを責むるなかれ。
 東京広しといへども水の隅田川に入らずして海に入るものは、赤羽川《あかばねがわ》と汐留堀とのほか幾許《いくばく》もなし。されば東京の水を談《かた》らんには隅田川を挙げて語らんこそ実に便宜多からめ。けだし水の東京におけるの隅田川は、網におけるの綱なり、衣におけるの領《えり》なり。先づ綱を挙ぐれば網の細目はおのづから挙がり、先づ領を挙ぐれば衣の裙裾《すそ》はおのづから挙がるが如く、先づ隅田川を談れば東京の諸流はおのづから談りつくさるべき勢なり。よつて今先づ隅田川より説き起して、後に漸《ようや》くその他の諸流に及ぼして終《つい》に海に説き到るべし。東京の水を説かんとして先づ隅田川を説くは、例へばなほ水経《すいけい》の百川を説かんとして先づ黄河を説くが如し、説述の次第おのづから是《かく》の如くならざるを得ざるのみ。さてまた隅田川を説きながら語次横に逸《そ》れて枝路に入ること多きは、これまた黄序《こうじよ》に言ひけん如く、伊洛《いらく》を談ずるものは必ず熊外《ゆうがい》を連ね、漆沮《しつしよ》を語るものは遂に荊岐《けいぎ》に及
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