多なれば、詳しく記し尽さんことは一人の力一枝の筆もて一朝一夕に能くしがたし。草より出でゝ草に入るとは武蔵野の往時《むかし》の月をいひけん、今は八百八町に家※[#二の字点、1−2−22]立ちつゞきて四里四方に門※[#二の字点、1−2−22]相望めば、東京の月は真《まこと》に家の棟より出でゝ家の棟に入るともいふべけれど、また水の東京のいと大なるを思へば、水より出でゝ水に入るともいひつべし。東は三枚洲《さんまいず》の澪標《みおつくし》遥に霞むかたより、満潮の潮に乗りてさし上る月の、西は芝高輪白金の森影淡きあたりに落つるを見ては、誰かは大なるかな水の東京やと叫び呼ばざらん。されば今我が草卒に筆を執つて、斯《かく》の如く大なる水の東京の、上は荒川より下は海に至るまでを記し尽さんとするに当りては、如何で脱漏錯誤のなきを必するを得ん。たゞ大南風に渡船《わたし》のぐらつくをも怖るゝ如き船嫌ひの人※[#二の字点、1−2−22]の、更に水の東京の景色も風情も実利も知らで過ごせるものに、聊《いささ》かこの大都の水上の一般を示さんとするに過ぎねば、もとより水上に詳しき人※[#二の字点、1−2−22]のためにす
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