《う》つ音を聞きがたしとの贅沢《ぜいたく》いうて、木枯《こがらし》凄《すさ》まじく鐘の音《ね》氷るようなって来る辛き冬をば愉快《こころよ》いものかなんぞに心得らるれど、その茶室の床板《とこいた》削りに鉋《かんな》礪《と》ぐ手の冷えわたり、その庇廂の大和《やまと》がき結いに吹きさらされて疝癪《せんしゃく》も起すことある職人|風情《ふぜい》は、どれほどの悪い業《ごう》を前の世になしおきて、同じ時候に他《ひと》とは違い悩め困《くる》しませらるるものぞや、取り分け職人仲間の中でも世才に疎《うと》く心好き吾夫《うちのひと》、腕は源太親方さえ去年いろいろ世話して下されし節《おり》に、立派なものじゃと賞《ほ》められしほど確実《たしか》なれど、寛濶《おうよう》の気質《きだて》ゆえに仕事も取り脱《はぐ》りがちで、好いことはいつも他《ひと》に奪《と》られ年中嬉しからぬ生活《くらし》かたに日を送り月を迎うる味気なさ、膝頭《ひざがしら》の抜けたを辛くも埋め綴《つづ》[#ルビの「つづ」は底本では「つつ」]った股引《ももひき》ばかりわが夫にはかせおくこと、婦女《おんな》の身としては他人《よそ》の見る眼も羞ずかしけ
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